こんにちは。介護士のyooshです。
先日、とある研修に参加しました。
研修の内容は本記事とは関係ないのですが、その研修の講師がこんなことを言っていました。
「あいさつができない人が多いような施設はダメな施設だ」と。
この言葉をもう少し分解して考えて見ると
ということになると思います。
まあ、一理あります。
社会生活を円滑に送ろうと思う時に、「あいさつ」はとても大事な気がします。
僕も、元気よく(というか普通に)あいさつはする方です。
で、あいさつナシの人に対して「なんやねん。あいさつナシかい」とも多少思います。
けどです。
こんなパターンの人はどうですかね?
以前、うちの職場で働いていた人です。
なかなかクレイジーな社会性を持った青年です。
※「クレイジー」は僕の中では尊敬する人に使う言葉です。
こんな感じです。
何か問題ありますかね?
「あいさつ」という切り口だと、その青年はダメな人になるのでしょう。
けど、「利用者さんとのやり取り」という切り口で彼を見た時はどうでしょう?
相手をめちゃくちゃ楽しませています。
何か問題ありますかね?
問題は人の一側面で、その人の全体を評価しようとする姿勢でしょう。
「あいさつができない人はダメな人」と個人に言及する時、その人が持ちあわせている特徴の一側面で全体を評価することに問題があります。
「あいさつをできない人を、そのまま放置している組織体制がダメ」と組織に言及するときも、「この組織は『あいさつできないヤツ』を放置している」という一側面だけで組織全体を評価することに問題があります。
もしかすると、その組織は「あいさつができない人」の持っている別の側面を評価して、「その特徴で持って、組織内でうまく機能することを目指している」かもしれません。
その組織が、あらゆる特徴を持った職員たちに対して、その特徴をポジティブに評価しようとしているのであれば、それはとても素晴らしいことだと思います。
その場合「あいさつ」等、その構成要素の一つにしかなりません。
一側面でもって他者を評価するのは、「愚」だと思います。
研修の講師は「あいさつができない人が多い施設はダメな施設」と言ったのは、もっと抽象的に解釈される発言なのかもしれません。
例えば、「あいさつができない人が多い施設」は、その他にも「職員に活気がない」とか「職員の言葉遣いが悪い」とか「職員にも利用者さんにも笑顔がない」といったネガティブな傾向が経験的に多く見られたのかもしれません。
けど、勘違いする人がいると思うんです。
偉い講師の発言を聞いて
「アイサツできてへんヤツはダメなやつやから、あいさつできるように教育せなあかん!」
「今年の施設の目標は『元気にアイサツや!』」と。
いやいや、各職員のいいとこ見ましょうよ。
目標は
「その人の良いところに注目して、それを現実に活かす方法を考えて実行する」
でどうでしょうか?
各職員によって、もちろん具体は変わりますが、、、
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